「物理数学の直観的方法」に見る紙と電子書籍のコラボ

らくらくダウンロードは、「長沼伸一郎著作集」という電子書籍販売サイトからスタートしました。
最近、その長沼伸一郎氏が「物理数学の直観的方法 普及版」という書籍を刊行しました(電子書籍ではなく紙の本)。
この本、初版が発行されたのはもう20年も前で、理系の間では「伝説の名著」となっています。
実はこんな経緯で作られた本でした >> 物理数学の直観的方法 出版裏話.
今回刊行されたのは、そのリニューアルになります。

さて、今回刊行された普及版では、これまで無かったちょっと目新しい配布形態が試みられています。
それは「紙と電子書籍のコラボ」という形態です。
今回の普及版には、以前の版(第2版)にあったはずの最後の第11章が欠けています。
そして、よく見ると普及版の「やや長めの後記」のページに、(第2版所収第11章「三体問題と複雑系の直観的方法」を改稿)と記載されています。
これはどういうことか。
実は、この「幻の11章」は、出版社の編集方針と、紙面の都合で割愛せざるを得ない状況にあったのだそうです。
しかし、もともとあったはずの章が無くなってしまうのは忍びない、何とかならないものだろうか・・・
考えを巡らせた結果、出てきたのは、こんなアイデアでした。
 ・内容の一部を後記に含める => だから「やや長めの後記」になった。
 ・本に収まり切らなかった内容は、別途電子書籍にして、後からダウンロードできるようにした。

ここでおもしろいのが、そのダウロードの方法です。
ただPDFを置くだけでは、本を買ってくれた人に申し訳ない。
そこで、本を持っている人だけが入手できるように、本の中に1つの「謎解き」を織り交ぜることにしました。
PDFをダウンロードするためにはパスワードが必要で、そのパスワードを入手するには、本の中にある謎を解かなければならない。
こういった仕掛けを施すことで、収まりきらなかった原稿を読者に届けることができるようになったのです。
ちなみに、物理数学・・・の謎解きの題材は、表紙の絵の中にあります。とくとご覧あれ。

さて、電子書籍ブームと呼ばれて既に久しくなりますが、実際、紙の書籍と比べて、まだまだ電子書籍が独り立ちしているとは思えない状況が続いています。
理由はいろいろあるでしょうが、その1つとして、新たに電子書籍専用のコンテンツを用意するのが難しい、といった事情があるかと思います。
ここで1つ見直したいのが、「紙.vs.電子」という対立の図式です。
紙と電子は互いに競合する、敵同士なのか? そうならないやり方もあると思うのです。
書籍を作る側の身になってみるとわかるのですが、紙面というものは非常に限られたリソースです。
著者としては載せたいのに泣く泣く削らざるを得ない、といったことは往々にして起こっています。
しかしながら、出版社としては、できれば本は薄く仕上げたいという事情があります。
(今どき、分厚い本は敬遠されがちですし)
ここで、紙に載せきれなかった分は、電子にして配布すれば、問題は一気に解決するではありませんか。
現在でも、書籍のフォローを個人的なWebサイトで行っている作家さんは少なくありません。
であれば、紙の書籍 => 電子書籍 という流れをもっと積極的に採用して、
いっそ「紙+電子」で1つの複合メディアにするのが理に叶った方法でしょう。
 「導入は紙で、発展は電子で」
紙から電子への移行期にある今こそ、こうした配布形態が最も適しているのではないかと思うのです。